8. 版画の領域  さて今回から絵画のジャンル別に述べていきたいが、まずは今もっとも絵画 のジャンルで量的にも目にとまることの多い版画について話を進めたい。 20年前、もっとも目にとまることの多い絵画は洋画、とりわけ油絵であった。 前回の量産絵画の代表が油絵だ。これは日本人の一般的な絵画認識によるとこ ろにある。 浮世絵版画を例に取れば、日本人は浮世絵をブロマイドかペナント程度の認識 しか持っておらず、タンスの敷き紙程度の価値しかもっていなかった。それを アメリカやイギリス人が再評価し現在の浮世絵版画の地位を確立する。 これはおそらく日本人が絵師、彫師、刷師と言う分担作業で作られた浮世絵を 当時の印刷工程で出来たものとしか認識しなかったと推測される。 また日本家屋が変化し、一般的にも洋室が応接間になり部屋に飾る絵画がそれ までの日本画、掛軸から油絵に変わっていく。 それは当時の西洋化の意識にも起因するのではないか。 本物の絵は、手で描かれたもの肉筆信仰が生まれ油絵の需要につながったと考 えられる。需要と供給の上で大量に生産される同じ油絵が多く生まれる。業者 も売れることを見込して在庫として作家に作品を依頼する時代が続いた。 消費者が望む価格にそった作家は生活のために量産の道を進むしかない。 しかし当時の状況は量産しても、絵画市場はまだ他市場に比べれば狭い市場で 一般的な絵画市場は骨董屋が幅をきかしていて、画商も一部の階層の人々とつ きあっていればよかった。人の手で量産できる範囲であった。また当時の量産 絵画を買えない消費者は複製名画を購入する時代でもあった。額縁と絵画を加 えた美術店が生まれ始めたのもこの時代からだ。 しかしバブル期に西洋名画が日本人によって買われ絵画の一般認識が変わる。 一般家庭に巨匠作家の名画を飾りたいと言う意識が生まれ、海外の有名美術館 やムルロー工房に代表される版画ポスターを購入する市場が生まれた。 インテリア嗜好の変化で量産油絵の地位を脅かす存在になった。 当社も額縁屋の顔をもっているのでそれまでの油絵用の額縁中心の品揃えから ポスターなどの紙を入れるのに適した水彩額が増えていった。 それに伴いマット(厚紙台紙を抜く)加工技術も外国から入って需要は拡大して いく。その時代の中から登場するのが日本人版画家達だ。 ポスターは大サイズが多く飾る場所を選ぶ。そこで、おもに芸大出身の版画家 が商品を世に出すことになる。油絵の作家と比較してある程度の数(当時は50 〜100部)を版画は刷るので価格もポスター程度で購入できる。しかもすべて の工程を手がけるオリジナルで作品の質も高いのが、一般的に版画と言えば木 版画の認識が強く、版画の刷る手法から説明をしていくので定着するのに時間 を要した。 バブルの罪は彼ら版画家にも被害が及ぶいわゆるエスタンプと言われる高額な 複製版画が彼らの作家活動を制限していった。 良質な絵画を提供する上で必要な彼ら版画家の復活が望まれる。 我々アート業界にも努力は必要だ。しかし一般的に業者から購入する場合が多 い。その業者も一作品に対しすべての部数を買うことは今の時代困難だ。 事実多くの若手、中堅版画家を輩出した業者が倒産した。 作家にも市場に出す努力をしてほしい。版画は大抵は版の保存で随時少量で刷 る事が可能だ。作品を西洋の制作年意識に変化させ新作、前作の差別をなくす ことにつながる。作品は作られた年で評価するのではなく、作品の質で評価す る世界基準に日本を変えるさきがけとなるかもしれない。 私が尊敬する女性版画家の山本容子氏は自分の作品を大衆の目に留めることか らはスタートした。彼女は敷居の高い画廊から書店を発表の場に変える。 彼女の成功のきっかけは本屋さんなのだ。 和も敷居の低い親しみのある店つくりを心がけてきた。作家も街に出て市場の 可能性を発見してほしい。