6. 地方団体の功罪 前回は美術団体について述べたが、今回は現場体験も交えて地方団体の存在 意義について話したい。ここではすべての地方団体にあてはまらないが一般的 な実態だと言うことを断っておきたい。また文章中の地方作家については作品 出展を忘れ教室経営に終始されるような作家をさし、地方におられる作家とは 違うことも断っておきたい。 まずは私の体験から、ボランティアの関係でかつての恩師が校長の中学に挨拶 におじゃました。地元の美術協会の会長をされており私の仕事の話になった時 「君、わかってるよね」と協会の入会のお誘いを受けた。その言葉はまさに 協会に入らないと地元では仕事ができないぞ。と言うような口ぶりだった。 私はその場を取り繕って、はっきりした返事をしなかった。その理由にはこん な出来事があったからだ。 何かと協会に協力されたその画材店は、ほとんど画材や額縁の購入無く店をた たむ。協会は事務局まで提供させておきながら自分の教室の生徒にはリベート の入る業者をすすめる。そして額縁はお抱えの業者だ。これでは経営など成り 立ちようが無い。むしろお付き合いしないほうが最善なのだ。 私は恩師から話をいただく前にも後にも当店においでいただいた事も無いし商 談の話も無い。まあ、私も最初からお付き合いするつもりは無いのだが。 しかし私の店は、ありがたいことにそう言ったこづかい稼ぎの作家の生徒の方 々にも来店いただいているし、また一切手間材を惜しまない先生方や生徒の方 に支えられて風通しの良い関係を作らせていただいている。その点において 作家の良心は別にして美術の裾野を広げることにおいては、地方団体の存在意 義は大きいかもしれない。 個人が独学で基礎的な技術を習得することは難しい場合もあるし時間もかかる であろう。地方作家が教室で生計を立てるケースは多いし、個人が絵を習う時 に考えることは、作家よりも時間とお金が優先されるだろう。今は生涯教育を 地方自治体がこぞって取り組んいるので地方作家が生きていくうえでは良い環 境ではある。 ただ怖いことは地方作家がその環境に甘んじている場合が多いからだ。向上心 のある生徒なら、こんな作家にいつまでもお付き合いするはずも無くもっと 力のある先生につきたいと考えるだろう。むしろ先生を上回る実力派も多い。 客観的に見てうまい方が多いのだ。 地方展に目をむけて見るとどうか。県展あたりの審査員は若干中央で活躍する 作家もいないことは無い。しかし市や町の美術展は中央の美術展に所属はして いるがさほどの活躍も無い中央では無名の作家が審査員を努める。 そして入選作品は決まりの有名美大卒の作家かお抱えの生徒の作品。地道に腕 を磨いても入選は程遠い。ようは目に見えないコネが存在すると言っていい。 おそらく客観的審査などはほとんどないと言える。 その意味で地方展にも構造改革が必要ではないか。 協会主催の地方展を廃止し、地方自治体主催の懸賞公募展にする。審査員にお 金がかかると言うなら住民審査員制にして美術史や各美術分野に詳しい住民を 選抜すればいいと思う。もっと極端に言えば住民(来場者)投票で決めてもいい のではないか。私はあくまでも美術に興味を持つ市民の裾野をひろげることが 一番重要だと考えるからだ。長期的にも公共の美術館の赤字解消にも一役買う 案だと思うのだが。 地方団体は美術に対して成熟した地域をつくることを使命としたほうが地方作 家の人気もあがると思う。地方の美術団体は社会貢献を重視したボランティア 精神で進んでいただきたいものだ。