5. 美術団体の迷走 作家デビューの登竜門として美術団体の公募がある。 同じ志をもった作家たちが集まり切磋琢磨するための団体であるはずが 媚を売りよいしょするごますり団体や実力の無いことを自覚せず傷を なめあうお友達集団に成り下がった団体が多い。 たとえば日展や院展、二科展など有名な美術団体に入選するための近道は いかに、その団体に所属する実力作家(師匠)につけばたいていは道は開ける。 日本画の場合、芸大作家は教官の所属団体に入る。ほとんどの芸大生は教官で 大学を選ぶわけではないので自動的に教わる教官の団体の所属となる。 この点を注視してみると面白いことがわかる。作風が教官に似るのだ。 作品を見ればこの作家が誰を師匠にしているかがわかる。 実際顧客の中には高額な作家の作品は手に入らないので、その作家の弟子や 生徒の作品を買う人もいる。作家を買うのではなく師匠の作風を買うのである。 なるほどそういう買い方もあるのかと違う意味で感心する。 しかし作家が知ればどう思うか。複雑だ。 芸能界御用達団体と皮肉られている団体などはかなりのその団体の実力者を 師匠に持つ芸能人がいる。皆さんは果たしてその芸能人の名前抜きで作品を お買いになるか。おそらく誰も買わないだろう。しかもこの方たちは有名税 を加味してか。発表価格が有名作家なみなのだ。とにかく実力以上に高い。 一芸に秀でた方は確かに器用でうまいのだが、値段が高いのが余分だ。 個人的に好きだったお笑い芸人から個人美術館まで出来てしまうほど有名に なったお方ももう少しそこらあたりをお考えいただきたい。 絵画の世界は修練の世界でもある。積み重ねによってその価値は高まるものだ。 感性だけなら子供の絵でも通用する。絵の価格は修練の代償でもあると思う。 芸能人の方はあくまで趣味にとどめられて一芸を磨いていただきたいものだ。 ちょっと話はそれてしまったが、没個性化する有名団体の作品群には魅力は なくなっているのではないか。教官の皆様その辺をお考えになって個性を重視 した教育を行わないと、この業界の存続も危うい。 賞金稼ぎと言われてしまえば終わりだが私がそこで注目したいのがやはり懸賞 公募展だ。美術雑誌を調べればかなりの数の懸賞公募がある。 地方の公募展が多いのだがまちおこしにも貢献していて近年かなり増えた。 この場合、注意すべきは審査員である。美術評論家や作家が行っているのだが そこに知名度の高い審査員がいるかどうかでその公募展を判断するのが得策。 懸賞公募は投票による絞込みが多いので厳正な審査になる。 またテーマを限定して作品を募るケースがあるのでその作家の実力を知る上 でも良い材料となる。 地方芸大出身の若手や師匠をもたない実力作家が出品しているケースも多い。 今の美術不況の時代で個展を開いて作品を売れ残すより、一点勝負の方が リスクは少ない。これからもこういうケースは増えると思う。 しかし残念ながら中央の団体がこのような状態だから地方とてしかり。 地方に必ず存在する美術協会などは会員の高齢化と若手離れに悩まされている。 地方とて同じで師匠と弟子の馴れ合い入選がまかりとおる世界だ。まして 自分を売り込むチャンスの場ではないので必要性さえないのだ。 こんな話がある。ある公共施設がオープンするので地元美術協会のお偉い方々が こぞって大作を持ってこられた。地元の小、中学校のお偉い先生なので役所も 受け入れざるおえない。文化勲章授賞作家や有名作家の作品も市民から寄付 いただいて掛ける場所も決まっている。仕方なくその作家の作品の横に並べる ことに。 オープン当日、来訪者は文勲作家や有名作家の作品の前で話に花が咲く。 その中に地元作家が自分の作品を尻目に冷や汗をかきながら話の輪に入って いたそうだ。